超ショートショート その1 [超ショートショート]
私はこのままこの地に留まるか、全てを諦めて故郷に帰るか迷っていた。
実はこういうことだ。
昨年、友人と立ち上げた新事業。どういう訳か、その友人が姿をくらましてしまったのだ。
彼とは大学に入学した年からの付き合いだから、もう30年以上もの付き合いになる。
初めて会った時から、ウマがあった。
まるで、生まれる前から、そう決められていたかのように
お互いの考えることが分かり、気を使う必要が全くなかった。
そんな訳で大学在学中は、常に一緒に居た。
流石に、一緒に暮らすようなことはしていなかったが、毎日のようにどちらかの家に寄っていた。
同じものを見て、同じものを食べ、
同じことに怒り、笑い、悲しんだ。
しかし、大学を卒業してからは、就職先が遠いこともあり、疎遠になってしまった。
最初のうちはお互いに遊びに行ったりしていたが、仕事が忙しくなってくると
そんな余裕も徐々になくなり、たまに電話で話をするくらいになり、
そのうち、その電話さえもしなくなってしまった。
ところが、3年前、私の転勤により、彼と同じ街に引っ越すことになった。
引っ越しすることが決まって、久しぶりに電話してみたのだが
時間が戻ったかのように話すことができた。
それ以来、また親しく付き合いをするようになった。
お互い家庭を持っているので
大学時代のような付き合いにはならなかったが
元々同じような考えを持っていたこともあり、
違う経験を積んだ中で得てきた新しい考えも、お互い新鮮に聞くことができた。
そうした付き合いの中で、二人で事業を起こすことになったのだ。
事業を始めた当初は何もかも順調というわけにはいかなかった。
かと言って、すぐに潰れてしまうような状況にもならなかった。
そんな中、彼の昔の知り合いだとかいう人が繋いでくれたことで
大口の取引先を得ることができた。
この取引が成功すれば、確実に事業は軌道に乗るはずだ。
私たちは毎晩、遅くまで企画を練り上げ、
先方のゴーサインも出て、明後日サンプルを届ければ
晴れて契約成立というところまで持ち込めた。
ところがだ。
彼が突然居なくなった。
たった二人でやっていた事業だったし、お互いの考えは分かりすぎるくらい理解している積りだったので、相手がやっている仕事にいちいち干渉するようなことはしてこなかった。
サンプル作成の会社は彼がギリギリまで粘って、ようやく探し出した所なので
連絡先も何も聞いて居なかった。
私の不手際といえば、その通りなのだが
自分の分身とも思える彼に任せておけば、万事がうまくいくと思ってしまったのだ。
もし、今回の事が、こちらの不手際でうまくいかなかったとしたら
業界に悪い噂が広まり、今後事業を続けることは、まず無理だろう。
つまり、今回失敗すれば、事業を畳んで田舎に帰るかどうかの大きな出来事なのだ。
最終結論の日は明日だ。
それまでに彼と連絡が取れなければ、全ては終わりだ。
悶々としたまま、夜があけた。
朦朧とした頭で私は自分が大切なことを忘れていることに気が付いた。
そう、私は彼の安否を心配していなかった。
事業が成功するかどうかばかり心配し、これほど連絡が取れない彼の状況を気遣うことをしていなかった。
私はなんと愚かな男なのだろう。
そう気付いた時、電話が鳴った。
・・・・・・・・・・・・・・
私には事業は向いていない。
親しい友人が抱えている悩みに気づけないくらい余裕がなくなってしまうのだから。
私は全てを諦めて故郷に帰ることにした。
小説家志望ランキング
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2019-06-24 00:13
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