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後悔

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このままではバスはガードレールを飛び越え、ついには崖を転がり落ちてしまうだろう。
もう一刻の猶予も許されない。
運転手は完全に気を失っていて、ハンドルに突っ伏している状態だ。
その異変に気付いているのは私一人だ。


山奥の温泉に向かうこのバスに乗り込んだのは、ほんの気まぐれだった。

私はごく普通のサラリーマンで、特に優秀でも無能でもなく淡々と仕事をしてきた。
ところが、何の因果か、会社での権力闘争に、自分の意志とは無関係に巻き込まれてしまった。
結局、直属の上司が失脚したことにより、私も左遷されることになった。
私は単純に仕事が好きだった。
しかし、異動になる部署は社史編纂部という言わば窓際の部署。
それでも、家族のために簡単に会社を辞める訳にはいかなかった。
会社の意向に逆らうことは出来ないが、私の心は虚ろだった。

私は異動の辞令をもらった次の日、初めて無断欠勤をした。
そして、とにかくいつもの電車とは反対方向の電車に飛び乗り、終点までやってきた訳だ。
終点の駅は、聞いたこともないような名前の駅で、人もあまりいないような田舎だった。
私は、そこで遅めの昼食を取り、ぼんやりとテレビを眺めていた。
携帯には、もう何十件ものメールやら、着信やら届いているようだったが、無視を決め込んだ。
その食堂のおばちゃんから、ここからバスに乗っていくと穴場の温泉があることを聞きつけ、気まぐれにそこへ行ってみることにしたのだった。


運転手が気を失ってから、数十秒が経過した。
山道であるにも関わらず、幸いまっすぐな道が続いていたために、バスの進行は安定していた。
しかし、数百メートル先では道は大きく曲がり、その先は崖になっているようだ。

さらに、数秒が経過した。
すぐにでも行動を起こさねば、乗客全員が命を落としてしまう。
私は、運転手を揺り起こそうと試みる。
しかし、昏睡状態にあるようで、起きる気配がない。
仕方がない。運転免許は持っていないが、車を止めることぐらいはできるはずだ。
私は、運転手を横によけて思いっきりブレーキを踏んだ。

そのとき、私は自分の体が宙に投げ出されているのを感じた。
ブレーキと思って踏んだペダルはアクセルだったようだ。

ガードレールを突き破り、崖下に落下するほんの僅かな瞬間
私は、運転免許をとっておけば良かったと心から後悔した。


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